読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

音楽ブログの今後

日記

1月というとブログをはじめた季節。
調べてみると2008年からやっている。
一番最初は、ウェブリブログ
そこからFC2に移って早6年...
去年、日記だけここに移した。


先日、今後についての構想を練って、
今年は現行の音楽ブログをいよいよ脱皮して、
ここと同じはてなへ移行しようと決めました。

FC2の使い勝手が悪くなっていく中、
スマホ対応もきちんとできていないまま、
いつの間にか古臭さ全開のブログになってしまってる。


引越し先のブログはもう半年前に作ってあるんだけど、
これを機にブログタイトル変えようか迷ってて、まだ公開できない。
現タイトルについて、
カタカナ苦手なのにカタカナのタイトルにするとはどういうことか!?
みたいな自分ツッコミがはじまって、
しかもカタカナって色も温度も感じられないよなぁと思うようにもなって。
ガラリと変えてしまうのもアレなので、
あんまり変えない方向で、なんて思いつつ、
候補をいくつか書き出して眺めていたりします。


ただデータ移行するだけじゃつまらないので、
過去記事をひとつひとつ丁寧に取り扱ってあげたいな。
文章見直して加筆修正しようかなとか思ったりなんかして。

ということで、宣言したからにはやります。
こうやって自分を追い込む作戦。
これ、いつだかもやった覚えある(笑)

月満ちるとき

日記

日々の中では気が付かない。

動けない自分でも、まったく同じところにはいないことを、
少し前の自分の言葉から教えてもらった。

 

同じものを見つめていても
少しずつ変化していた心境。
根底にあるものは変わらないのに
そこから伸びていく先で色が変わる。

 

うまく言葉にならないことを抱えて
自分の中で守ってきたもの。

現実の前では価値がないもののように思われて悲しい。
誰かの言葉に傷ついて、壊されそうになる。
心を立て直すのに時間がかかる。
けれどもそのうちまた湧いてくる。
それを定期的になんとか書き出してみては、また離れる。

 

他のものに目を向けていても
結局は戻ってきてしまうから
これはもう私の一部。

手離せば、私じゃなくなる。

 

言葉にすることをやめてはいけないと
いろんな方面から励まされてきたけれど、
思いを言葉に代えて発信していくことは、私にとってやっぱり大事なんだと思う。
たとえそれが人の目に触れないものであっても。

 

本当に大切なものって、
究極は自分にしかわからないのかもしれない。

 

f:id:tsukinomad:20151027222406j:image

お別れ

日記
先日、飼い猫が天国へ旅立った。
私の腕の中で、静かに、眠るように逝った。
猫が失明してから3ヶ月弱、あれこれ世話をすることは苦になどならなかった。
1日でも長く一緒にいたかったけれど、寿命には勝てないね。

今は家にいるときが、いちばん寂しい。
いつもいた場所の、どこにもいない。
その、しんと静まり返った空気感に、たまらなくなる。

写真ばかり見ている。
もう、写真の中でしか会えないんだ。


お別れについて、以前から考えていることがあった。
「離別」と「死別」
一体どちらの方がつらくて悲しいのだろう?
そんなことを、ぼんやり思ってきた。
そのこたえが、自分なりにわかったような気がする。

どちらが、ということではないんだ。
どのように訪れたかによるのだと思う。

残される者にとっては、
予期せぬ別れ、突然訪れるものの方が、
受け止め切れないものになるのではないか。

別れのときに向かいながら相手を見続け、
覚悟のようなものを持てていた場合は、
悲しくても、ちゃんとその意味をわかろうとする。

さよならを言える別れは、しあわせなんだなと思う。

さよならって言葉じゃないけど、ちゃんと伝えに来てくれた。
わたしも、さよならって言う代わりに、名前を呼びながら、撫でてあげた。
ありがとうって伝えた。


守ってきたようで、
守られていたこと。
いなくなってからも、守られているような感覚。

心の中には、いつもいる。

あたたかく、やさしいものを残してくれた、
そんな相手と共に過ごしてきた時間。
様々なエピソード。
その出会い、存在もさることながら、
すべてが愛おしいと思う。

近ごろ

日記

急に夏になったせいか、片頭痛になる頻度が高くなっている。
最近は、薬に頼ることにしているけれど、
頻繁に飲むとよくないと本に書かれていたので、
どうしてもって時だけ服用している。

 

片頭痛になってしまったら、
とにかくじっとして横になって眠るしかないのだけれど、
頭痛いと寝つきもなかなか悪い。
早く楽になりたいのに、眠れないわけ。

 

だからなんか頭痛いのに、いろいろ思っちゃったりする。
思考停止した方がいいに決まってるのにね。
本当の声が頭の中で聴こえてきて、たまらなくなって涙出てしまう。
しばらくシクシク泣いていると、いつの間にか眠りについている。
頭よりも心が痛んでいる。

 

 

一方で、飼ってる猫の具合もよくない。
目が見えなくなってしまって2ヶ月が経つ。
目はもう治せないので、鼻水とくしゃみで通院しているんだけど、
一向によくならない。


それどころか、体重は減っていき、
もともと小さかった猫が、やせ細ってきてしまっている。
きっとストレスのせいもあるだろう。

 

おまけにトシのせいか、ボケてきた感もあり、
トイレじゃないところで粗相するようになってきた。
なので1日中、目が離せない。

 

目が見えなくなったので、全く目を開けなくなってしまった。
大きな瞳の可愛い猫だったのに、起きていても目を瞑ったままだ。
おとなしい猫なので、目が見えなくなっても取り乱すこともない。
粗相をしてしまうと、すまなそうにその傍らにうずくまっている。
目が見えないので叱れない。
大丈夫だよと言って抱きあげる。
かわいそうだと思う。

 

夜中に猫が起きたら自分も起きれるように、猫の体に触れながら一緒に眠る。
大体、夜中2~5時に1、2度起こされているのだけど、
寝起きの悪い私が1度たりとも起きれなかったことはなく、
今のところ夜中の粗相は防げている。

 

昼間、家に誰もいない日は、
昼休みに会社から自宅に戻り、トイレとご飯の世話をする。
ご飯&水も自分で食べようとしないので、スプーンであげたり、
自分の掌にご飯をのせてだましだまし食べさせたりしている。
これは子育てと言うよりも介護だ。


更に先日の診察時、口の中に穴があいてしまっていることがわかった。
手術に耐えられるほどもう若くないし、
過去に飼ってた犬が高齢になって手術をしてそのまま目を覚まさず、
さよならも言えないさよならを経験しているので、
手術は避けたいという思いが強い。

 

ペットとは言え16、7年も一緒に暮らしてきた家族。
言葉は通じなくても、落ち込んだり悲しかったりしたとき、
何度となく慰めてくれた存在。
我が家のかわいい癒しだ。
今は、自分たちに出来ることを、協力し合って出来る限りして、
その中で覚悟も決めつつ、そのときがきても受け入れようとしている。

手紙

日記
今日、石井ゆかりさんからのお手紙が届いた。
3月にセミナーに参加したときに提出した課題&質問のフィードバック。

実は、牡牛座にとっての今日は「素敵なギフトを受け取れるかも。」という6月のピックアップポイントで、もしかしたら今日届くのかも...と6/1にぼんやり思っていて。

今日、家に帰ったらほんとに届いてたので、ぞわわわ〜っと鳥肌たった。

私の特性についてと、質問に対してのゆかりさんの見解が直筆でびっしり書かれていた。
それは便箋の裏にまで渡っていた。

質問してないのに、なんかビックリすることも書かれてて、ひぇーΣ( ̄。 ̄ノ)ノ って感じもあったり。

返事を待つ間、ホロスコープの勉強をしていたから、星や星座の記号も普通に読めて、自分のホロスコープの、次にじっくり見るべき点についてのヒントももらえた。

それにしてもホロスコープは奥が深い。
そして、ゆかりさんの言葉は占いの枠にとどまらない、心を守ってくれるような温かさがある。